<< 10月のフィールド視察「世界遺産・石見銀山と大森町をめぐる2日間」の参加者募集のお知らせ | main | 第33回サントリー地域文化賞、贈呈式・記念パーティーに行きました >>
        

スポンサーサイト

  • 2012.05.08 Tuesday
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

一定期間更新がないため広告を表示しています


        

石見銀山の麓・大森の地に根ざした社業と文化支援、その思いに触れる

 9月15日(木)、企業メセナ協議会・会員交流会(協力:アサヒビール)を
アサヒグループ本部ビルにて開催しました。
プログラムは、(1)特別講演会「石見銀山の麓・大森の地に根付いた社業と文化支援」、
(2)会員主体の協議会運営を目指して〜キックオフミーティング〜、
(3)懇親会の3部構成。
ここではまず(1)特別講演会についてお知らせします。

世界遺産・石見銀山の麓、島根県大田市大森町に社屋を構える義肢・装具メーカー
中村ブレイスの中村俊郎社長にご講演いただきました。

山間にある人口約500人の町にありながら、世界中から感謝の手紙が届くことで有名な
中村ブレイスとは、一体どのような企業なのでしょうか。
その社業について、また、石見銀山の世界遺産登録に大変ご尽力された中村社長の
その思いについて、今回はじっくりと聞かせていただきました。


>中村ブレイス・中村俊郎社長
300〜400年前のかつての大森町は人口20万人。
石見銀山の玄関口として大変に栄えていましたが、
中村社長が生まれ育つ頃には過疎化が激しい状況だったそうです。
そんな中、12,3歳の中村社長に向かい、お父様がこたつにあたりながら、一言言われたそうです。
「俊郎、大森町をマルコ・ポーロとあわせて考えると面白いんだがな」

その言葉がなければ、おそらく大森の地に中村ブレイスはなかったと思います。
この町はダメだよね、と言われていたら、『将来』という展望はなかったかもしれません。」

また、京都の工房で働いていた頃には、将来に対してクエスチョンマークが浮かぶ。
「工房で先輩職人の技術を横目で見ながら習得するような時代。教科書も参考書もなにもない状態」
だった。「私はこのままやっていていいのでしょうか?日本の義肢装具はこのままでいいのでしょうか?」と京都大学の先生に相談した時の返答が、「中村くん、いいなあ」。
自分なりにその言葉の意味をよくよく考え、「なにもないなら、あなたがそれを作ればいい。
あなたが道を拓いていけばいい。ということだと考えついた時、
『ああ、これもまたマルコ・ポーロだ』と思った。」
そして、広い世界へ出て、アメリカで技術を学ぶという道を選んだ。
「環境は別として、ニッチな仕事だとかいうことは別として、自分が切り拓いていくんだ。
そして、やっていこうと思ったのです。」



そして、37年前にアメリカから石見銀山のある大森町に帰ってきた。

「お金もないし、何も無い。患者さんもなければ、顧客もなかった。ただあるのは、夢と若さでした。
創業の時の売上は、お祝いがてらに作った叔父へのコルセット代1万円。そこからスタートしました。」
そのコルセットが「軽くていい」と評判になり、「1万円が2万、3万となっていった。」
創業7、8年、従業員15人位でプレハブで仕事をしていた頃、若い社員がプラスティック工場から
もって帰ってきたシリコンゴムの灰皿が新しい装具のヒントになる。
「このシリコンゴムを使って膝を痛めた人を支える装具にしたら…」と開発へと進む。
「少なくとも日本にはない、アメリカにもなかった、おそらくヨーロッパにもないだろう。」
とヨーロッパの特許を取得。
夢への挑戦が、のちに手や指、乳房、耳など多くの装具に活用されるようになる。

>ご参加:中村ブレイス・メディカルアート研究所



「世界には、もっとすごい技術を持ったところがいっぱいいっぱいあるけれども、
ただ、人に対する熱い気持ちだけは誰にも負けないつもりでいます。
創業の時は、収入が1万円だったんです。
仮にそれが1万倍1千倍に増えたら何%かは地域にかえさなきゃいけない。
石見銀山という、父が大変愛した文化があったから、石見銀山とマルコ・ポーロの話をしてくれた。
人の力、文化、ハート。
それが結局ものづくりをする私たちを大きく応援してくれたのです。」



中村ブレイスは、昨年のメセナアワード2010で
「『世界遺産 石見銀山』における企業経営と地域貢献」活動で、「メセナ大賞」を受賞した。


「世界の人たちが喜ぶ仕事がしたい」と結婚当初から語っていた中村社長を
ずっと応援してきた奥様から数年前、「お父さん、なにもしてない」と言われた。
「ものを売ればいい。膝のバンドが売れればいい。
腰のコルセットが、デンマークにあるいはニュージランドに売れれば。
石見銀山から世界に出していた、ということだけで喜んでいたかもしれない。」

今、世界の陸上大会では、義足で400mを45秒で走る時代。
だが、それはとても恵まれた環境にあるケースのことでしかないそう。
「60億70億の人口の中で、私たちはどのようにしたら技術を活かせるだろうか?
そんなことを考えている時の(メセナアワードの)受賞だった。
『文化』をキーワードに何かできるかもしれない。
電気もなにもないような国でも、それぞれの国の『文化』をあわせることで義肢づくりは可能になる。」
と、またひとつの挑戦が始まった。
試行を重ね、中村ブレイスの持つシリコンゴムの技術と日本の風呂敷文化、
フィリピンにある竹の文化と現地の竹職人の技術をあわせることで、竹の義足をつくることに成功した。
それぞれが持つ知恵やネットワークをちょっとづつ持ち寄ることで現地で生産可能になり、
それにより足の不自由な人を救えることになりそうです、と穏やかな笑顔で仰っていました。




そして、「ひとつの企業である私たちは力もありませんけれど、
今日ここにいらっしゃる(企業メセナ協議会という)ネットワークの力で、
ひとりでも多くの世界の人たちに喜びを、希望を与えることができるのではないでしょうか。
これからもご一緒いただけたらと思います。」と締めくくられました。


中村社長はひとつひとつのエピソード毎に、いつも誰かが応援してくれた、みなさんのおかげです、
と感謝の言葉を添えられていたのが大変印象的でした。
穏やかな笑顔で「夢」を語る中村社長の言葉のひとつひとつが
とてもあたたかく胸に響くご講演となりました。

【AU】

■ご案内
>10月14-15日 石見銀山フィールド視察(協力:中村ブレイス)

■ご参考
『コンビニもない町の義肢メーカーに届く感謝の手紙―誰かのために働くということ―』中村俊郎著(日本文芸社、2011年)
『世界から感謝の手紙が届く会社−中村ブレイスの挑戦―』千葉望著(新潮文庫、2010年)
>映画『アイ・ラヴ・ピース』大澤豊監督(「アイ・ラヴ・ピース」製作上映委員会、2003年)


        

スポンサーサイト

  • 2012.05.08 Tuesday
  • -
  • 14:24
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

         
search this site.
links
categories
selected entries
calendar
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< July 2018 >>
recommend
いま、地域メセナがおもしろい
いま、地域メセナがおもしろい (JUGEMレビュー »)
社団法人企業メセナ協議会
◆企業メセナがはぐくむ地域のソフトパワー◆
文化活動を通して、魅力ある地域づくりをめざす企業の、個性豊かな実践例をリポート
archives
profile
others
mobile
qrcode
みんなのブログポータル JUGEM               
sponsored links